左右非対称 大甕町時代

左右田君という友達がいた。

もちろん、仮名

俺は6歳の時、東京から大甕町に引っ越してきた。

転校生というわけではない。
でも東京の幼稚園を卒業してから、こっちに越して来たので幼稚園や保育園から一緒だった友達もいない。


近所にも友達もいるはずがない。越して来てから数日して入学式

周りには、すでに出来上がった人間関係があった。

そんな中で、俺は少し変わったところもあって、
周りからは異端児みたいに見られていたと思う。

左右田君とは、子供会が一緒だった。

左右田君も、ちょっと変わった子だった。
お調子者で、少し乱暴なところもあった。

たぶん、あまり好かれてはいなかったと思う。

でも、今になって思えば、
俺たちには似たところがあった。

俺は父子家庭。
親父は週に一度くらいしか家に帰ってこなかった。

祖母と叔父と暮らしていて、
祖父は離れに住んでいた。

左右田君も、家庭環境が少し複雑だった。

母親は買い物に行ったきり帰ってこなくなり、
父子家庭になっていた。

祖父母と叔父に育てられ、
親父もあまり家に帰ってこなかった。歳の離れた弟もいた。

もちろん、子供の頃はそんなことを話したりはしなかった。

「俺たち、似てるよな」

なんてことも言わない。

ただ、なんとなく一緒にいた。

小学生の頃、
3人で人の家に泥棒に入ったこともある。

俺と左右田君、同じ町に住んでいたけど引越しをした纐纈君の3人でだ

今考えれば、ろくでもない。

そのことが後になって大きな問題になるのだけど、
その話はまた別の機会に。

左右田君は、俺の母親とも面識がある。

母は少学校の入学式と、
2年生の時の運動会に来ていた。

左右田君が覚えているかどうかは、分からない。

中学生になると、通っていた塾まで同じだった。

塾に行く前には、当然のように左右田君の家に寄った。

左右田君は、離れに自分の部屋を持っていた。

そこでタバコを吸ってから、
何食わぬ顔で塾へ行く。

今思えば、めちゃくちゃだ。

ある時、左右田君に安全ピンでピアスの穴を開けてもらった。

金色のピアスももらった。

左右田君は、服にも詳しかった。

Levi’sなら702や517。

NIKEもよく履いていた。

中でも今でも覚えているのが、
AIR HUARACHE PLUSのグリーン。

今ではなかなか見つからないし、
復刻もされていない。

今でも見つけたら、俺は絶対に買う!

それを左右田君は、俺にタダでくれた。

GUESSのパンツもそうだった。

服を買う余裕なんてなかった俺にとって、
左右田君からもらう服は、普通に嬉しかった。

当時の俺は、
「ラッキー」くらいにしか思っていなかったと思う。

どういう気持ちで、
俺にくれていたのか。

そんなこと、当時は考えもしなかった。

ただ、何十年も経った今でも、
俺はその服の名前を覚えている。

そして、左右田君のおばあちゃん。

俺が家に遊びに行くと、

「〇〇君ねっ、ちょっと待っててね」

と言って、

「○○ちゃーん!」

と左右田君を呼ぶ。

するとおばぁちゃんが、

「〇〇っー」

と俺が目の前にいるのに大声で呼び捨て笑

そんなくだらないやり取りは友達の間でネタにしていた。

当時はただの友達だった。

一緒に悪さをして、
タバコを吸って、
塾に行って。

ピアスを開けてもらったり、
服をもらったり。

そんな時間が、普通にあった。

その頃の俺たちは、
自分たちの人生がこの先どうなるのかなんて、
もちろん知らなかった。

あわせて読む。

タコ踊り

コメント

タイトルとURLをコピーしました