自分と同じ思いは、してほしくない。

昨日、13歳の男の子が来た。

体育の授業で飛び込み前転をしたとき、自分の右膝を右側の鼻にぶつけたらしい。

腫れがあり、痛みもある。

鼻骨の撮影をした。

側面像を見た瞬間、折れていると思った。

骨折線が見える。

軸位像でも確認した。

先生も鼻骨骨折と判断した。

骨のズレはない。

そのまま経過を見ることになったようだ。

そこで、少し気になった。

固定はしなくていいのだろうか。

鼻骨は細い骨だ。

骨折したばかりなら、日常生活のちょっとしたことで、さらにズレてしまうことはないのだろうか。

顔を洗ったり、寝返りを打ったり。

そんなことを考えた。

もちろん、転位のない鼻骨骨折なら、固定せずに経過を見ることもある。

だから、固定しなかったことが間違いだと言いたいわけではない。

ただ、俺には気になる理由があった。

俺も昔、鼻骨を骨折したことがある。

殴られて、鼻が曲がった。

鼻血は3日くらい続いたし、熱も出た。

形成外科で手術をして、曲がった鼻を戻してもらった。

それでも、完全に元通りにはならなかった。

今でも触ると段差がある。

まあ、医者も人間だ。

神様じゃない。

仕方がないと思っている。

でも、嫌な思いもした。

友達から、ピカソだの福笑いだのと言われた。

自分ではどうにもできないことなのに、顔のことでいじられる。

あれは嫌だった。

だから今回、鼻骨骨折の画像を見たとき、昔のことを思い出した。

この子には、俺と同じような思いをしてほしくない。

そう思った。

もちろん、俺の経験と今回の骨折は違う。

骨のズレもない。

治療方針は、医師が診察所見なども含めて判断することだ。

俺が固定したほうがいいと思ったからといって、それが正解とは限らない。

それでも、画像を撮る技師として、骨折を見つけて終わりにはしたくない。

この骨折が、この先どうなるのか。

この子が痛い思いをしないか。

自分と同じように、顔のことで嫌な思いをしないか。

自分が見つけた骨折だからこそ、できるだけいい方向に向かってほしい。

それが今回、俺が感じたことだ。

レントゲンに写るのは骨だ。

でも、その向こうには生活がある。

そんなことを、あらためて考えた一日だった。

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