二人一役

東京から茨城に引っ越してきた。

俺が6歳の頃だった。

そこから5年間。

父親が再婚するまで、

俺を育ててくれたのは、

祖母と叔父だった。

祖母は、

まったく耳が聞こえなかった。

叔父は、

全盲で、足も不自由だった。

二人とも、

車の免許を持っていなかった。

だから、

どこかへ連れて行ってもらった、

という思い出はあまりない。

それでも、

俺は思いっきり甘やかされて育った。

朝起きる。

学校へ行く直前まで、

俺は炬燵に潜っていた。

靴下を履かせてもらい、

制服も着せてもらう。

温かいタオルで、

顔まで拭いてもらった。

朝飯は、

俺の好きなものを用意してくれた。

風邪を引けば、

アイス枕を作ってくれて、

付きっきりで看病してくれた。

今思えば、

完全に王様だった。

叔父とは、

新聞紙や広告を丸めて、

チャンバラごっこをした。

足が不自由なのに、

俺の相手をしてくれた。

宿題が終わらず、

夜遅くまでやっていると、

叔父も寝ずに、

俺が終わるまで待っていてくれた。

夏祭りの夜、外が暗くて怖くて、

1人で帰れないで泣いていると

祖母が迎えに来てくれた。

そんな二人だった。

小学校一年生。

初めての運動会。

俺は足が速かった。

知らないうちに、

地区対抗リレーの代表に選ばれていた。

でも、

親は来なかった。

昼になり、

みんなが家族と弁当を食べる中、

俺は担任の先生とおにぎりを食べた。

別に、

悲しくはなかった。

まだ子どもだったからか、

何も感じていなかった。

そのことを、

祖母が知った。

すると、

祖母の目から、

水が出ていた。

俺は、

「なんだっ?」

くらいにしか思わなかった。

後になって、

叔母から聞いた。

あれは、

俺が不憫で泣いていたんだと。

その時になって、

初めて分かった。

俺が何も感じていなかったことを、

祖母は感じていた。

父親が再婚してからも、

祖母と叔父は、

俺が継母にいじめられていないか、

ずっと心配してくれていた。

そして22歳になった頃。

今、俺が住んでいる家を、

祖母と叔父が建ててくれた。

振り返ってみると、

何か特別な場所へ連れて行ってもらった記憶はない。

旅行に行った記憶もない。

でも、

毎朝、学校へ送り出してくれた。

腹を満たしてくれた。

風呂に入れてくれた。

一緒に遊んでくれた。

病気になれば看病してくれた。

宿題が終わるまで待っていてくれた。

そして、

ずっと心配してくれた。

耳の聞こえない祖母。

目の見えない叔父。

不自由な二人だった。

でも、

俺の中では、

二人合わせて一人の親みたいな存在だった。

5年間、俺を育ててくれた二人。

今になって思う。

俺にとって、

祖母と叔父は、

恩人だった。

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