22歳。
学校を卒業して、診療放射線技師になった。
そして、病院には就職せずクリニックに就職した。
そこには僕以外の診療放射線技師はいない。
先輩もいない。
同期もいない。
あるのは、レントゲン装置と骨密度と患者さんと、俺。
一応、関連病院で1〜2週間ほど研修はした。
でも、クリニックに戻ってからは、ほぼ自己流。
いや、
自己流というより、事故流だった。
今思えば、
「よくあんな写真を世に送り出していたな」
と思う。
真っ黒の写真を4枚出した事もある…
でも、誰も怒らない。
誰も教えてくれない。
そもそも、俺しか技師がいないのだから。
当時の先生からは、
「写真は早く出せ」
「良し悪しはこっちで決めるから」
と言われていた。
「質よりスピード」という事だ。
そんな環境だったこともあって、撮影技術を突き詰めるというより、仕事そのものに慣れていった。
そして、仕事が終われば酒。
ほぼ毎日飲んでいた。
居酒屋に行ったり、友達の家に行ったり。
そのまま二軒目へ行くこともあった。
帰宅が夜中の2時、3時。
ひどいときは朝の5時半。
当然、翌朝は二日酔い。
いや。
もう、
二日酔いというより、二日酔っぱらい。
それでも普通に出勤する。
朝、クリニックに着く。
装置の電源を入れる。
患者さんが来る。
酔っ払ってるからテンション高めの患者接遇。
撮影する。
患者さんがいなくなる。
ブッキー台で寝る。
患者さんが来る。
起きる。
撮影する。
1人撮影が終わる毎にタバコ。
Lucky Strikeを吸う。
そして、また患者さんが来る。
撮る。
寝る。
吸う。
そんな毎日だった。
昼休みは2時間。
ラーメン屋に行くこともあれば、二日酔いで食欲がなく、そのまま寝ていることもあった。
酸素カプセルが流行りだした頃でうちのクリニックでも導入され、昼休みはよく酸素カプセルで寝させて貰っていた。
撮影の合間に寝る
昼休みに酸素カプセルで1時間半以上寝る
若さもあって夕方には元気になる。
そして仕事が終われば、また飲む。
そして翌朝。
また二日酔い。
その繰り返し…
でも当時はそれが普通だった。
飲んで、撮っ、吸って、寝る。
今振り返ると、22歳の俺は一体何をしていたんだろうと思う。
俺の新卒時代は、だいたいそんな毎日だった。
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